<この記事について>
水中カメラを用いた魚類調査は、投網やかご罠に頼らずに、効率良く魚類相を把握するのに最適です。撮影した水中カメラの動画をAIで解析することで、遊泳する魚類の種識別と個体数カウントを自動化することができます。そのため、所要時間を短縮でき、手軽さの面でもコストの面でも利点があります。
水中カメラによる魚類調査とAIによる種識別・個体数カウントの紹介
こんにちは、地域環境計画の印部です。
専門は動植物調査で国や自治体の自然環境調査や、ネイチャーポジティブに取り組む企業の支援を担当しています。
今回は、令和元年に大阪府の淀川水系芥川で
・水中カメラによる魚類調査を行った結果
・AIを使って魚種識別と個体数カウントを行った結果
について報告します。
芥川について

大阪支社から徒歩で15分のところに淀川水系の芥川が流れています。
芥川は過去には、甚大な洪水被害を出したこともあって、河床掘削や護岸工事が継続的に行われています。また、河川の流れを制御したり、取水利用するための横断構造物が多くありますが、魚が行き来しやすいように、様々なタイプの魚道を設けるなど「ひとと魚にやさしいプロジェクト」が行われてきたことでも有名です。

水中カメラによる魚類調査
●捕獲する必要のない調査
河川で魚類を調べる場合、投網やかご罠を使った捕獲調査を行うのであれば、漁業権の設定範囲を確認し、漁協さんの同意書を得たり、捕獲方法や時期が自治体の漁業調整規則に抵触していないか確認する必要があります。
個人でこれらの手続きを行うのは少々面倒なのですが、今回、ご紹介する水中カメラを使った魚類調査であれば、観光客やレジャー利用者の多い場所を避け、マナーを守った行動をとっている限り、問題になることは少ないと思います。
●使用する水中カメラ
使用する水中カメラの機種ですが、現在は小型カメラが簡単に入手できるようになり、性能的にはフルHD(解像度1920×1080)の記録が可能なカメラであれば十分でしょう。
私が使用しているカメラはSONYのアクションカムと呼ばれるもので(現在は生産終了のようです)、
GoProと違って形状がハンディカムの小型版のような形をしています。これを一脚に取り付け、自転車で河川の調査地点を転々と移動しながら、水中動画を撮影してまわります。


水中カメラで確認された魚類
令和元年の6~8月にかけて、高槻市の津之江公園近くの「芥川2号井堰下流」付近から摂津峡の「広湯堰下流」まで自転車で1地点あたり約15分間、カメラを水中に設置しました。調査の結果、4目8科17種の魚類が確認されました。
●調査結果

●課題
オイカワ、ムギツク、タモロコなどの遊泳魚は高頻度で確認されましたが、昼間は物陰に潜む性質のあるナマズやギギ、植生に潜むドンコなどの底生魚の確認は難しく、本手法の課題であると感じました。
●予想外の結果
通常の調査では砂底に潜るため確認することが難しいオオシマドジョウが頻繁に撮影できました。これは、砂が堆積する静かな淀みの環境に本調査手法が適しているためと考えられました。
これらの結果は、兵庫県立人と自然の博物館の「共生のひろば」で発表し、その発表要旨が公開されてますので、興味のある方は併せてご覧下さい。
・共生のひろば 15号 2020年
水中ビデオ撮影だけで魚類調査はどこまで可能か?
https://www.hitohaku.jp/publication/book/kyousei15-p041.pdf
これが芥川の水中映像だ!
水中カメラで撮影した動画のうち、芥川の中流域を代表する高槻市立自然博物館(あくあぴあ芥川)近くの「正恩寺橋下流」で撮影した動画と、「西之川原橋上流」で撮影した動画をご覧ください(令和元年の映像です)。
動画は令和元年の映像ですが、現在は(令和6年)はあれから5年が経過し、芥川中流域の環境も工事の影響などで大きく変化しました。

河川は常に浸食、運搬、堆積の作用により形状が変化していますが、時には工事等による人間のインパクトも魚類相に影響を及ぼします。
令和6年となった現在、令和元年から魚類相がどのように変化したか、同じ時期(6~8月)に水中カメラでモニタリング調査をしてみたいと思います。
AIによる魚類の種識別・個体数カウント
水中カメラを使うことで、投網やタモ網による捕獲調査を行わなくても、ある程度の魚類相の把握が可能なことがわかりました。
最近は捕獲調査と併せて環境DNA調査を実施することが多いのですが、検体数が多くなるとコストも大きくなるので、コストの観点からも水中カメラには利点がありそうです。
●種の識別と個体数カウントは専門家の仕事
撮影した動画を個人で楽しんだり、博物館の展示に使ったりするのであれば、動画ソフトで編集するだけで良いのですが、魚類の種を識別したり、個体数をカウントするとなると、魚類の専門家が動画を再生してチェックする必要があります。
特に魚道の切り欠き部分を遡上するアユやオイカワを識別し、カウントするには魚類の専門知識と忍耐が必要で、技術継承と人材確保が難しくなってきている今日、別の方法を検討していく時期にかかっているでしょう。
●そこでAIの出番!
今回、物体検知のAIでお馴染みのYOLOを使って、芥川の魚類の識別と水中を泳ぐ魚類の個体数カウントを試してみた結果をご紹介します。
●モデルの学習
モデルの学習には、芥川のオイカワとアユの画像を用いたほか、アユに関してはデータ数が少なかったため、琵琶湖のコアユ画像も使用しました。
阪急京都線付近の動画
一つ目の動画は芥川の阪急京都線が通過するあたりですが、水が濁っており、水面には泡も浮いています。
魚類を検知するには透視度が高い方が有利なのですが、リアルな都市河川は透視度が高くないので、AIによる個体数カウントの実用性を検証するには、この程度の濁りが必要でしょう。
動画右上にカウンターが表示されています。INが画面左側、OUTが画面右側の領域のカウンターです。
最初はオイカワ(Oika)のカウンターのみ表示されていますが、アユが出現した時点でアユのカウンターも表示されます。画面真ん中に線を引き、この線をINからOUTへ、OUTからINへ通過するタイミングでカウント数が上昇していきます。
川島井堰の魚道下流
続いて、あくあぴあ芥川の少し上流にある川島井堰の魚道下流の水中動画です。
たくさんのオイカワが下流から上流に向かって泳いでいます。本来の動画は10分程度ありますが、1分程度に編集しているのでカウンターの数値は急に変化します。
10分の間にオイカワが
・下流から上流へ795個体
・上流から下流へは31個体
カウントされています。
カウンターの精度を検証する余地はありますが、もし、これほどのオイカワの数を人間の目でカウントするとすれば、動画をスロー再生して何時間かかるか分かりません。
精度は多少人間に劣っても、
・ワンド内の魚の集まり具合を把握する
・魚道が機能しているかを検証する
という目的であれば、AIによる魚類の種識別と個体数カウントの仕組みは、十分、人間をサポートしてくれるのではないでしょうか。
おわりに
今回は、少し専門的な観点から水中カメラによる魚類調査についての記事を書きましたが、水中の魚類映像は、水槽を置くのが難しい自宅やマンションでも気軽に動画を表示して楽しむことができ、デジタルサイネージのある博物館等では、展示物としても活用できます。
20代の頃、先輩から「君は投網だけはうまいね」と褒められたものですが、徐々に肩があがらなくなり(投網を肘にかけられない)、最近はタモ網も重くなってきたので、これからも水中カメラのような軽い機材を使った調査の可能性を広げていきたいと思います。

印部 善弘
Yoshihiro INBE
株式会社 地域環境計画 プロダクト営業部
- 技術士(建設部門:建設環境)
- 技術士(環境部門:自然環境保全)
- 鳥獣保護管理調査コーディネーター(環境省)
- 国内旅行業務取扱管理者
- 1級ビオトープ計画管理士
